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健康と腸内環境 児童精神科/産業医 黒川駿哉先生

執筆者の写真: 垂水良介垂水良介

更新日:2024年12月6日


児童精神科医/産業医 黒川駿哉先生

COCORO GROUP株式会社の垂水良介です、今回は、児童精神科医/産業医の黒川 駿哉先生に、いま話題になっている「健康と腸内環境」についてコラムを寄稿していただきました。黒川先生のご紹介ですが、臨床では児童精神科医としてご活躍の傍ら、慶應義塾大学大学院医学研究科・医学部にて研究活動を行われ、その一部を紹介させていただきます。わたしは一緒に働いたことがありますが、優しく飾らない人柄で、語学や音楽にも精通されており、才能が豊かな方です。コラムに登場していただき大変光栄です。


 


【健康と腸内環境】

はじめに

近年、「腸は第二の脳」という表現が広く知られるようになりました。これは、腸と脳が、遠い臓器で全く違うものでありながら、密接に関係しており、互いに影響を及ぼし合っていることを示しています。私たちの腸内には、100兆個以上の腸内細菌が存在し、その種類は1,000種類以上にも及びます。これらの微生物は、消化や栄養の吸収だけでなく、免疫機能の調節やビタミンの合成、さらには炎症や神経伝達物質の材料の調整などの仕組みによって脳の機能にも間接的に影響を与えています。

特に、睡眠やストレスとの関係については、多くの研究が進められており、そのメカニズムが徐々に解明されつつあります。本記事では、腸内細菌と脳のつながりを中心に、睡眠やストレスとの深い関係について詳しく解説します。また、腸内環境を整えるための具体的な方法や、最新の研究動向、今後の展望についても触れていきます。


腸内細菌と脳のつながり

腸内細菌は、私たちの消化管内に生息する微生物の総称で、細菌、真菌など多様な生物から構成されています。これらの微生物は、食物の消化・吸収を助けるだけでなく、ビタミンの合成や免疫系の調節、病原菌の侵入防止など、私たちの健康維持に不可欠な役割を果たしています。


腸内細菌のバランスは、一般的には「善玉菌」「悪玉菌」「日和見菌」の3つに分類されます。善玉菌は健康に良い影響を与える菌で、消化を助けたり、免疫機能を高めたりします。悪玉菌は、有害物質を産生し、健康に悪影響を及ぼす菌です。日和見菌は、善玉菌と悪玉菌の勢力バランスによって、どちらにも傾く菌です。このバランスが崩れると、消化器系の不調だけでなく、全身の健康状態に影響を及ぼします。しかし、最近の研究では、その人その人によって、「良い菌」は異なっていることがわかってきています。腸内細菌は個性が大きく、健康な人同士、お互い全く違う腸内細菌をもっているが、その同じ遺伝子機能はおおむね一致するというのです。


腸脳相関(Gut-Brain Axis)

腸と脳は「腸脳相関」と呼ばれるネットワークで結ばれており、神経系、免疫系、内分泌系などを介して双方向に情報を伝達しています。腸内細菌は、この腸脳相関において重要な役割を果たしています。具体的には、腸内細菌が産生する代謝物や神経伝達物質が血液や迷走神経を通じて脳に影響を与えます。

例えば、セロトニンは「幸せホルモン」とも呼ばれ、気分の安定や睡眠の質に深く関与しています。ドーパミンやガンマアミノ酪酸(GABA)などの神経伝達物質も、腸内細菌によって生成・調節されています。これらの物質は、モチベーションや快楽、不安の軽減など、精神的な健康に大きな影響を与えます。



腸内細菌と睡眠の関係

メラトニンは、睡眠と覚醒のリズムを調節するホルモンで、主に脳の松果体で生成されます。しかし、その前駆物質であるセロトニンは腸で生成されます。腸内細菌がトリプトファンというアミノ酸の代謝を助けることで、セロトニンの合成が促進されます。その結果、メラトニンの生成もスムーズに行われます。腸内環境が良好であれば、セロトニンとメラトニンのバランスが保たれ、質の高い睡眠を得ることができます。逆に、腸内環境が乱れるとこれらのホルモンのバランスが崩れ、睡眠の質が低下するとされています。

2019年の研究では、腸内細菌の多様性が高い人ほど、睡眠の質が良いことが示されています(1)。特に、バクテロイデス属やラクトバチルス属といった特定の腸内細菌が豊富な人は、深い眠りに入りやすい傾向がありました。また、腸内細菌のバランスを整えることで、睡眠障害が改善される可能性も報告されています。


腸内細菌とストレスの関係



ストレスは、腸内環境に直接的な影響を及ぼします。強いストレスを感じると、自律神経のバランスが乱れ、交感神経が優位になります。これにより、腸の蠕動運動が抑制され、消化機能が低下します。その結果、腹痛や下痢、便秘などの消化器症状が現れます。

さらに、ストレスホルモンであるコルチゾールの分泌が増加し、免疫機能が低下します。これにより、腸の粘膜バリアが弱まり、病原菌や腸内細菌が産生する有害物質が腸壁を通過しやすくなります。これが腸内細菌のバランスを崩し、炎症が引き起こされ、風邪の引きやすさや慢性的な疲労感につながる要因となります。

一方、腸内環境の悪化は、ストレスに対する抵抗力を低下させます。腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸(酪酸、酢酸、プロピオン酸など)は、炎症を抑える作用や、血液脳関門の機能を維持する役割があります。これらの物質が不足すると、脳内での炎症反応が増加し、ストレスに対する感受性が高まります。結果として、不安感やイライラ、抑うつ状態が悪化する可能性があります。このように、ストレスと腸内環境は相互に影響し合い、悪循環を形成することがあります。




腸内細菌と精神衛生、新しい治療の可能性

腸内環境を改善することで、精神的な症状を緩和できる可能性があります。プロバイオティクスを摂取した被験者では、コルチゾールのレベルが低下し、不安や抑うつの症状が軽減されるとするような報告が増えてきています(2)。また、腸内細菌が生成する代謝物が脳に作用し、ストレス反応を緩和するメカニズムも明らかにされています。


糞便微生物移植(FMT)の試み



新しい治療法として、糞便微生物移植(Fecal Microbiota Transplantation:FMT)は、健康な人の腸内細菌を患者に移植することで、腸内環境を根本的に改善する治療法です。私たちの研究では、機能性消化管障害患者17名を対象に、大腸内視鏡によるFMTの精神症状への影響を世界に先駆けて報告しました(3).この結果、FMTは消化器症状の改善の有無に関わらず、4週後の抑うつ・不安の精神症状を改善しうる可能性を示しました。興味深いことに、ベースラインで抑うつ症状が強かった群の腸内細菌は、抑うつが低い群やドナー群と比べて有意に菌叢の多様性が低く、菌叢の多様性は抑うつの重症度と負に相関していました。さらに、FMT後の多様性の増加がHAMDスコアの改善と正の相関を示していました。オープンラベル試験であるうえに、長期的な効果・副作用については明らかでないですが、本結果から、FMTによる精神症状の改善は腸内細菌叢の多様性の回復が鍵となりうることを示しました。また、難治性のうつ病や双極性障害、統合失調症の患者を対象としたFMTの臨床試験も進められており、腸内細菌を介した新たな治療法の可能性が期待されています。




腸内環境を整える方法



  • バランスの良い食事

食物繊維の摂取:食物繊維は腸内細菌のエサとなり、善玉菌の増殖を促進します。野菜、果物、全粒穀物、豆類などを積極的に摂取しましょう。

発酵食品の摂取:ヨーグルト、キムチ、味噌、納豆、チーズなどの発酵食品には、プロバイオティクスが豊富に含まれています。これらを日常の食事に取り入れることで、腸内環境の改善が期待できます。

プレバイオティクスの摂取:プレバイオティクスは、腸内細菌のエサとなるオリゴ糖やイヌリンなどの成分です。玉ねぎ、バナナ、アスパラガス、にんにくなどに多く含まれています。

  • 十分な睡眠:睡眠不足は腸内環境を悪化させる要因となります。毎日7~8時間の睡眠を確保し、規則正しい睡眠リズムを維持しましょう。

  • 適度な運動:運動は腸の蠕動運動を促し、便通を改善します。ウォーキングやジョギング、ヨガなど、自分に合った運動を継続的に行いましょう。

  • 適切な水分補給:水分は便を柔らかくし、排便をスムーズにします。一日あたり1.5~2リットルの水分摂取を目指しましょう。


医師への相談

専門的な診断と治療:腹痛や便通異常、睡眠障害、気分の落ち込みなどの症状が続く場合は、消化器内科や精神科の専門医、産業医などに相談しましょう。早期の診断と適切な治療が重要です。必要に応じて、プロバイオティクスのサプリメントや処方薬の使用を検討できる可能性があります。自己判断での薬物使用は避け、医師の指示に従ってください。


最新の研究と今後の展望

腸内細菌に関する研究は、次世代シーケンサー(NGS)を用いたメタゲノム解析やメタボローム解析などの最新技術により飛躍的に進歩しています。これらの技術により、腸内細菌の種類や機能、代謝産物の詳細が明らかになりつつあります。特に、腸内細菌が産生する代謝物と脳機能の関連性や、腸内細菌を介した免疫系の調節メカニズムなどが解明されつつあり、新たな治療法の開発につながっています。


個別化医療への期待

一人ひとりの腸内細菌のバランスは、遺伝的要因や生活習慣、環境要因によって異なります。そのため、個々の腸内環境に合わせたパーソナライズドな治療や予防法が求められています。将来的には、腸内細菌の解析結果に基づいて、特定のプロバイオティクスやプレバイオティクスを組み合わせたオーダーメイドのサプリメントや食事プランが提供されてきています(4)。また、腸内細菌をターゲットとした新しい薬物の開発も期待されています。


社会的影響と倫理的課題

腸内細菌と心の健康の関連性が広く認知されることで、精神疾患への理解や偏見の軽減が期待されます。しかし、一方で腸内細菌を操作する治療法には、長期的な安全性や倫理的な課題も存在します。特に、FMTなどの新しい治療法では、未知のリスクや副作用の可能性を十分に考慮する必要があります。

今後の研究や臨床試験では、安全性と有効性を確認しつつ、倫理的な問題にも配慮した取り組みが求められます。また、一般の人々が正しい情報を得られるよう、教育や啓発活動も重要となります。


おわりに

腸内細菌は、私たちの消化や栄養吸収だけでなく、睡眠の質やストレスへの抵抗力、さらには精神的な健康にまで深く関与しています。日常生活の中で腸内環境を意識し、バランスの良い食事や規則正しい生活、ストレス管理を行うことで、心身の健康を維持することが可能です。

小さな習慣の積み重ねが、大きな健康効果をもたらします。今日からできることを一つずつ取り入れ、健やかな毎日を手に入れましょう。




 

参考文献


1)Smith RP, Easson C, Lyle SM, et al. Gut microbiome diversity is associated with sleep physiology in humans. PLoS One. 2019;14(10):e0222394. ↩


2)Zhang, Q., Chen, B., Zhang, J. et al. Effect of prebiotics, probiotics, synbiotics on depression: results from a meta-analysis. BMC Psychiatry 23, 477 (2023).


3)Kurokawa S, Kishimoto T, Mizuno S, et al. The effect of fecal microbiota transplantation on psychiatric symptoms among patients with irritable bowel syndrome, functional diarrhea and functional constipation: An open-label observational study. J Affect Disord. 2018 Aug 1;235:506-512.



 

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